記事広告(ネイティブアド)は読者を馬鹿にしているだけのような気がする

記事広告(ネイティブアド)は読者を馬鹿にしているだけのような気がする

ちょっと前に話題になった「ネイティブアド」。なんだか定義が定まっていないらしく、私もその内容についてはよくわかりません。なんとなく記事広告なのかなーとも思っているのですが、それは違うという人もいて広告業界の方でも詳細に語れる人っていないんじゃないでしょうか。まあ、色々な意見があり定義が定まっていないのであればそれもやむなしですけど。

ここではネイティブアドを「記事広告」「記事のインデックスの中に広告を紛れ込ませる広告」の2つとして話をしていこうと思います。後者はグノシーなんかで記事のインデックスの間に「広告」と表示しているやつですね。

私としては両方とも読者と利用者を馬鹿にしている広告だと思うわけです。だって記事広告なんて「記事に見せかけた広告」ですからね。もちろん記事広告にも色々な種類はあると思いますけど、基本的には新聞や雑誌の記事の間に、その新聞雑誌と見た目は同じ構成で掲載されている広告です。もちろん「記事広告」と書かれているのでちゃんと見れば広告だということはわかります。

でもその「記事広告」っていう表記なんか隅っこの方にちょろっと表記しているだけではじめて見た人だとその差が分からないんじゃないでしょうか。言い方は悪いですが、広告と記事を誤認させるたまに書いているとしか思えない。まあ、思いっきりそれがメリットだと言っているところもありますけど。企業側からしてみたら、ただの広告と言うよりも記事っぽくなっている方が信頼感ありますもんね。

次に「記事のインデックスの中に広告を紛れ込ませる広告」ですが、これはさらにいらっとくる感じです。はじめのうちは結構分かりやすく「広告」と書かれていたような気がしますが、どんどん広告なのか分からないような表現になってきています。文字が小さくなったりとか。そしてその広告記事の標題もなんだか広告っぽくない表記になっていたりして、クリックしてみたときに広告だったりするといらっとします。あ、あとスマホでタップをミスった時とか。これなんかもいかにクリックをしてもらおうか苦心した結果、広告と分かりにくくして、つまり誤認させてクリックしてもらうということに腐心しているようです。

つまりネイティブアドはいかに読者をだまして広告しようかと言うことに重点が置かれているような気がするんです。確かに見てもらわないと伝わらないので、いかに読者や消費者に商品を宣伝するかは考えなければいけないと思いますが。その結果がいかにして読者をだますかという方向に向いてしまうのは非常に残念です。

そのうちメディアリテラシーの高い人たちからはこういうネイティブアドは見透かされてくるようになり、価値も下がってくることになると思います。むしろこんな姑息な方法で広告をしている企業はダメな消費者をだまそうとしている企業としてレッテルが貼られるでしょう。と言うのは言い過ぎですが、それくらいにはなって欲しいなと。

そう言った意味だとTVCMやyoutubeのはじめに挿入されるCMなんてのは分かりやすいです。完全に「広告です!」とわかりますからね。あー、youtubeはそうでもないかも。たまにクリックしてはじめに流れる広告が本来見たい動画だと錯覚することもあるしなー。それで何回か最後まで広告見て、「本編じゃなかったのか!」とおもうこともありました。

これからの広告は姑息な広告ではなく、堂々と「見てもらえる広告」が求められていると思います。それはオウンドメディアを使ったものかもしれないし、すごい感動する動画かもしれないし、もっと違うものかもしれません。広告だと明確に分かるものであり、かつ記憶に残るもの。そんな広告があればいいなー(願望)

以上、広告のずぶの素人、意識低い社長が適当な事を書いてみました。